「講座1」は新しい記事ほど下にあるという形をとっていますが、普通逆なのではないかと思い、だからといって順番を整理し直すのも面倒なので「講座2」を設けてみました。よって、今回は新しい記事が上になります。

ヒメヒトデ属 2015/02/24

Henricia属、これはヒメヒトデ属のことを示す学名です。筆者である私の芸名、Henricia は他ならぬこの生き物の学名に由来しています。

 

英名ではしばしば brood star 即ち「卵を抱くヒトデ」と表現されます。ヒメヒトデというグループの中には保育習性を持った種が多く含まれるためです。色彩は赤や黄色、薄紫など鮮やかなものが多く、細くスレンダーな腕は通常5本です。日本近海で最も一般的に見られるのは ヒメヒトデ Henricia nipponica や、オオシマヒメヒトデ Henricia ohshimai 、シュイロヒメヒトデ Henricia leviuscula あたりだと思われます。nipponica は大人でも直径3cm程度にしか成長しない小型の種類で、このようなものには Henricia pumila , Henricia tumida , Henricia kinkasanaなどが含まれます。世界的に見ると深海性のものから浅海域のものも含めて相当の種、或は亜種が報告されていて、正直わけわかりません。問題なのは種類が多いことだけではなく、分類学的に有用であると考えられる形態学的特徴が少ないこと、広域にわたって類似した構造をもつものが生息していること、ある種内における形態的な変異が多く変異個体を順に並べていくとこれまで他種であると考えられてきたものとの間に架け橋が出来てしまうこと、などもまた問題なのです。簡単に言うと、ヒメヒトデの仲間は「特徴ない割にさ~、どこに居るのもみんな似てるし、つーか、実はみんなおんなじなんじゃね?」といったことが頻繁に起こるということです。形態学的分類学の負の側面の影響をもろに受けるタクソンということになるでしょう。このような状況に、著名なヒトデ分類学者であるWalter Kenrich Fisher は、Magellanic Falkland に生息する Henricia obesaHenricia studeri , Henricia pagenstecheri の困難な分類状況、また他の研究者が Henricia sufflataHenricia simplax ももしかすると前述三種と同一のものなのではないかとしていたこと、更に、ただでさえ既に分類学的に多くの問題を抱えていた Henricia sanguinolenta のあるものまでもそれらに帰一せらるべきであるのではないかと暗示していたという状況を踏まえて、「If these are one species, then any attempt to classify Henricia  of the shallow waters of the world becomes absolutely futile.」と述べ、こんなことでは、浅海域におけるヒメヒトデの分類には意味がなくなってしまうじゃないかといったことを記述しています。それだけにヒメヒトデは難しいグループなのです。また、私が個人的に感じているだけの問題ですし、今更変えたところで混乱が生じるだけなのですが、和名の「ヒメヒトデ」をなんとかすべきだったのではないかと思うのです。「ヒメ」という言葉は、生き物の名前に使われる場合その生物に、「小さい」といったニュアンスを付与する言葉でしょう。例えばヒメセミエビやヒメゲンゴロウといった具合に...。普通のヒメヒトデは良いにしても、Henricia reniossaHenricia pacificaHenricia sanguinolentaなど、それらのどこら辺が「ヒメ」なのか分かりません。今挙げたものの他にも、そして挙げたものの中にも、時に腕一本が10cmを超えるものもあるのです。私の個人的な案としては、研究者を困らせるので、コマリヒトデ か ナカセヒトデ、形態が色々変異するので カワリヒトデ、叉棘等の形態的特徴が少ないことから ナシヒトデ、腕が細長く骨格が網目状であることから ホソヒトデ とか アミメヒトデ なんてのはどうでしょうか。特にナカセヒトデが私のお気に入りです。ヒメヒトデの同定は泣きたくなるくらい難しいですし、そういう意味でこのグループを特徴づけることが出来ます。ヒトを泣かすという洒落にもなります。ヒトデの寄生虫であるヒトデナカセという生物のパロディにもなってます…。冗談はさて置き、この先は更なる形態情報の蓄積に加え、発生学的、生態学的、生理学的、分子遺伝学的な情報をも一つづつ充実させ、地道に精査していくことが重要になるでしょう。

 

でも、最後に言わせてください。大好きです。

 

管足 2014/11/12

ある生物体が何か付属物を体外に突出させる時、その突出部が個体にとって重要な何らかの役割を果たしている可能性は大いにあると言えるだろう。刺胞動物の触手などはその好例である。触手のないイソギンチャクは褐虫藻を共生させていない限り、いかにして食物を捕えようか。ヒトデもまたそれは同様である。棘皮動物において水管系がその門の共通の特徴として重要な一つの要素であることは既にどこかで述べた。管足という器官がある。これは水管系に含まれる器官であって、水管系の末端の器官であるともいえる。水管の中は主として外界よりとり入れた海水によって満たされていて、その水圧を用いて管足は駆動する。管足は概して二つの部位から成り立つ。遠位に存在するのがdisc、放射水管からその間をつなぐのがstemである。内部中央は水を通すために中空であり、その腔を囲むようにして内側から順に上皮組織、結合組織、上皮組織となっている。管足の種類は大別して2通りである。knob-ending tube feet即ち先のとがったものと、disk-ending tube feet即ち先端が平たく盤状になっているものである。knob-endingなものはPaxillosidaに属するヒトデにのみ見られる管足である。disk-endingなものはその他のヒトデでみられる管足だ。管足はその先端において強い粘着性を有しており、壁面に固着した個体を無理に引き離そうと引っ張るとその管足がstemでちぎれてしまうほどである。古くはこの粘着性はdiscが吸盤として働いているためにもたらされると考えられていた。実際に多くの文献ではしばしばこの盤状のdiskを指して「suc」吸盤と表現している。しかしながら、今ではこの粘着性は吸盤によってもたらされるのではなく、discより分泌される粘着物質と脱粘着物質の働きに依るものであると理解されている。